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オリンピック代表に決まった奥村選手のお母さんが胸の内を語る

<外部リンク> 印刷用ページを表示する 掲載日:2021年7月7日更新
子どものときの写真を見ながら思い出話を話してくれた奥村さん

子どものときの写真を見ながら思い出話を話してくれた奥村さん
奥村選手はおっとりしているが、実は負けず嫌いでバレーボールのことになるとスイッチが入るそう
向津具小学校5年生のときに県大会に出場
6年生のときにも県大会に出場。指導した上野さんは今年亡くなられた。
誠英高校時代の写真。中学までのアタッカーから現在のポジションのブロッカーに転向

 7月7日(土曜日)、第32回オリンピック競技大会東京2020女子バレーボール競技に出場する女子日本代表チーム・火の鳥NIPPONの出場内定選手に決定している奥村麻依選手のお母さんが、現在の心境を話しました。

 奥村選手は油谷向津具出身。小学校3年生のときに一つ年上のいとこの影響でバレーボールを始めました。向津具中学校から名門の誠英高校に進み、国体優勝の立役者になりました。その後、嘉悦大学時代には日本代表メンバーに選ばれるなど活躍し、実業団のJTマーヴェラスに入団。タイのクラブチームを経て、現在はデンソーエアリービーズに所属しています。

 お母さんは、「私も麻依もメンバーに選ばれると思っていなかったので、すごくうれしいです。選ばれた時には、皆さんからのお祝いのメッセージが絶え間なく届きました。
 麻依は、おとなしくおっとりしていてよく寝る子でした。そんな子がこんなに長くバレーボールを続けるとは思いませんでした。
 オリンピックが1年延期になったことにより、次の年にオリンピックメンバーに選ばれるという保証がなくなり、親としてはその状態でがんばれとはとても言えませんでした。しかし、麻依が「もう一年頑張る」と言ったので、頑張るのなら親として応援するよと伝えました。今回メンバーに選ばれなかった選手の分までがんばろうという気持ちがあると思います。
 チームのために、少しでも良い色のメダルが取れるようがんばってほしいです」と胸の内を語ってくれました。

 長門市では7月13日に、市庁舎、油谷支所、向津具出張所にお祝いの横断幕を掲出するほか、市庁舎エントランスホールで、奥村選手の日本代表ユニフォームやシューズ、小中学校時代の写真などの展示を行うこととしています。