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麻羅観音供養祭が開催

<外部リンク> 印刷用ページを表示する 掲載日:2021年5月3日更新
俵山地区の麻羅観音で行われた供養祭。

俵山地区の麻羅観音で行われた供養祭。
能満寺住職による読経のあと、地元自治会関係者らが焼香をし慰霊を行った
過去にお参りをして、子宝に恵まれた家族が供養祭にも参加
麻羅観音保存会の三浦代表「歴史ある観音様やこのお祭りを守り続けていきたいです」とあいさつ。
麻羅観音には子宝に恵まれたい人や健康増強への願いを託す参拝者が多く訪れる。地元により清掃などの管理が行われている。

5月3日(月曜日)、俵山地区にある麻羅観音で供養祭が執り行われました。

感染症対策として来賓の出席や出店などのイベントは行われませんでしたが、能満寺の村上住職による読経の後、地元自治会関係者ら約10人が焼香をし、慰霊を行いました。

続いて、麻羅観音保存会の三浦代表が「今年こそはと思っていましたが、コロナ禍の状況の中、昨年と同様に縮小しての開催となりました。今日は嬉しいことに遠くからお参りに来られた方にもご参加いただいています。コロナが収束して、多くの方にお参りしていただきたいです。地元として歴史ある観音様やこのお祭りを守り続けていきたいと思います。」と述べました。

麻羅観音供養祭は毎年5月3日に開催しており、今年で470年目となります。週2回清掃を実施するなど、地元による管理が行われています。

<麻羅観音の由来>
天文20年(1551年)9月1日、中国地方の太守大内義隆公は家臣の陶晴賢に攻められ、長門湯本温泉の大寧寺で自刃しました。大内義隆公の長子の義尊公は、翌2日、この奥にて捕らえられ惨殺されました。末子の歓寿丸は女装して、俵山の山中にかくまわれていましたが、翌年春捕らえられ、麻羅観音のある場所にて殺され、男児の証拠に男根を切られて持ち去られました。これを里人は哀れみ、この社をたてて霊を慰めました。

麻羅観音には子宝に恵まれたい人や健康増強への願いを託す参拝者が多く訪れています。