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企画展「75年前の仙崎」~引揚って何? 忘れてはいけない記憶~

<外部リンク> 印刷用ページを表示する 掲載日:2020年10月1日更新
初日は多くの来場者が見られた

初日は多くの来場者が見られた
仙崎から朝鮮に帰る人も多くいた
当時の仙崎は多くの商店が立ち並び、にぎわいを見せていた
この団体乗車券1枚で300人以上の人が乗ることができた
市が寄贈を受けた仙崎婦人会あての礼状

 10月1日(木曜日)、ながと歴史民俗資料館で企画展「75年前の仙崎」~引揚って何? がはじまりました。

 仙崎港は戦後、引揚港に指定され、敗戦の翌月の9月2日、全国で最初の引揚船となった「興安丸」が釜山港から第一次の引揚者7千人を載せて仙崎港に入港しました。以降、昭和21年末に仙崎が引揚港の役割を終えるまでの約1年間、仙崎港に上陸した人々は約41万4千人、仙崎港から朝鮮に帰った人々が約34万人におよび、合計75万4千人の人が仙崎の地を往来しました。

 当時の仙崎では、引揚者に対し、仙崎婦人会が当番制でわかめむすびやお茶を提供しました。そのことに対する礼状が3通ほど届いており、今回市がその資料の寄贈を受け、初めてとなる展示を行っています。

 また、朝鮮総督府が発行したプサン行きの団体乗車券や引揚証明書など貴重な資料とともに、75年前の仙崎の街並みについても紹介しています。

 市内から来場した荒川さんは「当時の人々が助け合って暮らしていたことがよくわかった。生活に余裕がないにもかかわらず、おもてなしをしていたことはすばらしいと思います。」と感想を話しました。

 上田文化財保護指導員は、「引揚から75年が経過し、当時を知っている人はだんだん少なくなっています。今回、大事に保管されていた資料の寄贈を受けました。その資料をご覧いただき、当時の引揚に思いを寄せていただければと思います。」と話しました。

 「75年前の仙崎」~引揚って何?は、11月15日まで開催されます(期間中休みなし)。