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麻羅観音供養祭

<外部リンク> 印刷用ページを表示する 掲載日:2020年5月3日更新
あいにくの雨のなか行われた

あいにくの雨のなか行われた
子宝に恵まれない方や体調がすぐれない方の参拝がたえないとのこと
読経のなかでもコロナウイルス感染症の一日も早い収束が唱えられた

5月3日(日曜日)、俵山地区にある麻羅観音で供養祭が執り行われました。

能満寺の村上住職による読経の後、地元自治会の役員約10人が焼香をし、慰霊を行いました。

続いて、麻羅観音保存会の三浦代表が「コロナウイルス感染症は収束の見込みがたっていないが、長門市からは今のところ感染者が出ていません。このまま感染者ゼロで終わることを心から祈っています。一刻も早く、経済と生活が元通りになってくれればと思います」と述べました。

 供養祭は今年で469回目となり、麻羅観音は週2回清掃されるなど地元の方によって管理が行われています。

【麻羅観音の由来】
 天文20年(1551年)9月1日、中国地方の太守大内義隆公は家臣の陶晴賢に攻められ、長門湯本温泉の大寧寺で自刃しました。大内義隆公の長子の義尊公は、翌2日、麻羅観音のあった場所にて捕らえられ惨殺されました。末子の歓寿丸は女装して、俵山の山中にかくまわれていましたが、翌年春捕らえられ、麻羅観音のある場所にて殺され、男児の証拠に男根を切られて持ち去られました。これを里人は哀れみ、この社をたてて霊を慰めました。

 ここには子宝に恵まれたい人や健康増強への願いを託す参拝者が多く訪れています。