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鯨への哀悼を込めた伝統の鯨回向がおこなわれる

<外部リンク> 印刷用ページを表示する 掲載日:2018年4月26日更新
向岸寺の松村賢正住職による力強い読経により鯨の冥福が祈られる

向岸寺の松村賢正住職による力強い読経により鯨の冥福が祈られる
鯨に対する恩恵と感謝、そして死を悼む所作として「揉み手」をおこなう
鯨の弔いをするため地区住民約70名が参列した
通の人々のおもてなしの心に感謝を述べた大西市長
江戸時代より今日まで人々の心に紡がれる鯨唄

 4月27日(金曜日)、通の向岸寺で江戸時代から300年以上続く伝統の鯨回向が行われました。

 延宝7年(1679年)、人間以外には回向ができないといわれる時代に、向岸寺五世の讃誉上人が捕らえられた鯨に対し「われら人間と同じように極楽に往生し仏果を得られるように」と回向を行ったのが始まりで、鯨漁が終わる春に毎年開催されています。法要が始まると、通鯨唄保存会13名が、鯨唄「祝え目出度」と「朝のめざめ」を奉納しました。昭和46年10月1日に指定された長門市文化財の通鯨唄は、長州毛利藩直営の通鯨組の人々が、大漁を祝ったり、あるいは大漁を祈って、集いの中で歌いならしてきたもので、祝宴の中では、一座の長老が鯨唄を歌った後でないと、他の者が歌うことを禁じられていたほどの格式を持っていたと伝えられています。報恩感謝がおりこまれた鯨唄の奉納の後、松村賢正住職による読経により鯨の供養が行われました。

 来賓を代表して挨拶をした大西市長は、「日露首脳会談やロシアのソチ市長の来市の折、通の人々による温かいおもてなしや日露兵士の墓をしっかりと守られておられることにロシアの人々は感激されておられた。長門市が大変な賑わいを見せている中で、通に鯨文化を触れに、訪れる人が増えてくる。日本人の原点と言うべき優しい心根をお持ちになられている通の人々と接することで、長門市に再訪しようとする人が増えると思う。鯨回向が300年続いていることは、日本の文化でも特筆すべきこと。これからも末永く続いていって欲しい」と述べました。