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矢崎節夫館長コラム 「魚売りの小母さんに」 29年3月1日
魚売りの小母さんに
魚売りさん、
あっち向いてね、
いま、あたし、
花を挿すのよ、
さくらの花を。
だって小母さん、あなたの髪にゃ、
花かんざしも
星のよなピンも、
なんにもないもの、さびしいもの。
ほうら、小母さん、
あなたの髪に、
あのお芝居のお姫さまの、
かんざしよりかきれいな花が、
山のさくらが咲きました。
魚売りさん、
こっち向いてね、
いま、あたし、
花を挿したの、
さくらの花を。
「金子みすゞ童謡全集」JULA出版局
『魚売りの小母さんに』を読むと、桜の花を見つけたような、やさしい、うれしい気持ちになります。
山の桜を手にした女の子は、うれしくて、うれしくて、うれしさでこころがいっぱいになったのです。だから、自分の髪に挿すよりも、魚売りの小母さんの髪に挿してあげたくなったのですね。
うれしいことでこころがいっぱいになると、まわりの人にやさしくなれるのが、人のすばらしさです。
桜散る、梅は零れる、椿落つ、牡丹崩れるという言葉があります。
桜は咲く時だけでなく、散る時も、一瞬時が止まったような美しさがあります。そっと差しだした手のひらに一片の桜の花びらを受けとった時の喜びは、えもいわれぬ喜びです。
三月四月は桜の季節です。
みなさんの桜はもう咲いているのでしょうか。お住まいの地方にも、そしてこころにも。
平成29年3月1日
金子みすゞ記念館 館長 矢崎 節夫