KAZUKI YASUO MUSEUM

EXHIBITIONS企画展情報

香月動物園 2019年6月6日~9月23日
香月動物園  故郷三隅を「ここが〈私の〉地球」そして「モチーフ天国」と称した香月泰男は、家族、食材、動植物を多く描きました。本展は香月の描いた生き物に着目した展覧会です。 モチーフは自宅で飼っていた鳩や犬をはじめ、牛、山羊、羊、かたつむり、てんとう虫など多岐にわたります。
描き方や絵具の選択は画家の表現の一つです。香月の場合、油彩の表現は初期の明るい色彩から、晩年には黄土色と黒の色使いに変化します。 同じ対象を描いても油彩と素描では印象が異なります。これらは当たり前のことかもしれませんが、画家がなぜその方法を選択したかを考えると、何を表現したかったのかが見えてくることでしょう。香月のやさしいまなざしで描かれた生き物たちをご覧ください。
眺められるしあはせ 2019年2月9日~5月26日
 「ここが〈私の〉地球」と呼んだ故郷三隅は、香月にとってモチーフ天国でもありました。 自宅前の三隅川にかかる橋の上から空や山、流れゆく川面を眺め、家族とともに過ごす日常の中で見て感じたものを生涯描き続ける。それは画家にとって幸せな日々だったことが作品から伝わってきます。
 2018年10月25日に開館25周年を迎えた当館では、これまでの企画展告知ポスターを飾った作品の中から、来館者による人気投票を半年間実施しました。本展では、人気の高かった作品を中心に、 香月が「眺められるしあわせのしるしとして」描いた、身の周りの風景や動植物などの作品を紹介します。画家が感じた”しあわせ”にしばし思いを馳せてご覧ください。
風景へのまなざし-スペイン編- 2018年10月24日~2019年1月31日
1956年10月、香月は初めてヨーロッパを訪れます。約半年間の遊学では、フランスを拠点にスペイン、ポルトガル、イタリア、スイスを巡り、油彩とともに400点を超える着彩スケッチを残しました。また、晩年の1972年に もスペイン、モロッコを旅しています。
今年は日本とスペインの外交関係樹立150周年です。香月が訪れたのはそれから88年後のことです。その時の風景はどのようなものだったのでしょうか。香月の足跡をたどりながら、しばし旅の気分をお愉しみください。
-私のシベリヤ、それぞれのシベリア- 2018年7月14日~10月14日
 画家・香月泰男の従軍・シベリヤ抑留体験から生まれた作品と、平和祈念展示資料館(東京)所蔵の抑留に関する資料を交差させることで、シベリヤ抑留について立体的に捉える試みです。 先の大戦が終戦した1945年8月を境に、約57万5千人の日本人がシベリヤに抑留されました。 その1人だった香月の生涯のライフワークともなった「シベリヤ・シリーズ」は1956年から本格的に始動していますが、平行して身の周りのものや家族などを描き、常に「シベリヤ」と「日常」が交差していました。 記憶をたどり、自身の収容先や体験について絵や手記を残した抑留経験者もいます。彼らも香月同様、日常生活の中で抑留を反芻しました。抑留経験者は、常に二つの時間が流れていたのかもしれません。
展覧会は4章で構成されています。各章では香月の作品やゆかりの品と、時代背景を知る資料や抑留経験者の持ち帰った品が並びます。
香月はシベリアのことを「シベリヤ」と呼びました。香月の「シベリヤ」と抑留経験者の「シベリア」。それぞれの異なる体験を持つ抑留について、考えてみましょう。
風景へのまなざし-日本編- 2018年4月4日~7月5日
 香月が日本国内の旅先で描いた風景画を中心に未公開のスケッチブックをあわせて紹介します。 「ここが<私の>地球」と三隅での日常をこよなく愛した香月がとらえた北海道、山陰、九州などの景色をご覧ください。
画家の食卓 2017年12月1日~2018年3月26日
食材を描いた作品を数多く残した香月は、一時期“厨房の画家” の異名をとりました。
本展では、1950年代以降に描かれた食材を中心に紹介します。
食材のある風景や、魚、肉、野菜、果物といった食材そのものの絵からは、香月家の台所事情が垣間見えるようです。一方で「主人が青いトマトが描きたいといえば植えました」という婦人の言葉からは、自らの意思で描きたい対象を選んでいたことが伺えます。
食材を描き続けた時期は、シベリヤ抑留から復員した後の1950年代に集中しています。これは、抑留時に餓えをしのぐため、野草などを探して食べる「生きるための食」の経験の発露とも考えられるでしょう。香月の描いた食材たちをご堪能ください。
平和の形 2017年7月28日~11月27日
香月泰男は1943(昭和18)年4月に召集され、満洲(現 中国東北部)のハイラル市に配属されました。終戦後はソ連軍によりシベリヤに抑留され、帰国できたのは1947(昭和22)年のことです。 この戦争、シベリヤ抑留の記憶を描いた「シベリヤ・シリーズ」※は、香月の代表作であり、平和への祈りが込められています。  本展では「シベリヤ・シリーズ」とともに、ハイラルから家族へ宛てた「ハイラル通信」、戦後、故郷で過ごした平和な日常を描いた作品を紹介します。  香月泰男の生涯に多大な影響を及ぼした戦争。その中で画家がどのように生きたかを探るとともに、香月の平和への思いに触れてみましょう。 ※香月はシベリアを「シベリヤ」と呼んでいました。当館では香月のことばを使い「シベリヤ」としています。
季節を彩る花々 2017年4月21日~7月24日
香月泰男は1911(明治44)年、現在の山口県長門市三隅に生まれた画家です。32歳で応召、旧満州で終戦を迎えましたが、 終戦後はソ連軍によりシベリヤに2年間ほど抑留され、帰国できたのは1947(昭和22)年のことでした。 帰国後の香月は、故郷である三隅の地を拠点に創作活動を続けました。そのため、彼が描いた作品の中には、故郷に息づく 植物や虫が多く登場します。また、香月は晩年には頻繁に海外を訪れ、旅先で見つけた風景や植物を多く描きました。 本展では、香月が故郷や旅先で見つけた“季節を彩る花々”をご紹介します。身近で、素朴な花々の姿は、見る人に温かな 感動を与えてくれることでしょう。
画家・香月泰男のことば 2017年1月20日~4月17日
 香月は画家として絵を描く一方で、「おもちゃ」と呼ばれる廃材を利用したオブジェ制作、萩焼への絵付け、書籍の挿絵など幅広い創作活動を行い、 膨大な量の作品を残しています。そして作品だけでなく、彼のことばについても実は多く残されているのです。それは、戦争・シベリヤ抑留の記憶を描いた、 彼の代表作でもある「シベリヤ・シリーズ」に付された自筆解説文や、雑誌、新聞に掲載されたコラム等です。 それらのことばからは、香月の体験、その時々の心情が伺えます。  本展では、それらの香月が残したことばの中から、 作品制作当時の心境や香月の人間性が伺えるものを作品と一緒にご紹介し、彼の生き様へ迫っていきます。  香月泰男の新しい一面が見えてくることでしょう。
画家からの贈りものⅡ 2016年9月30日~2017年1月16日
 香月の死後40年以上の間大切に保管されていた絵画作品のうち、初期から晩年までの油彩画や日常を描いたスケッチ、海外の風景を描いた作品、香月が収集したルオーなどの海外作家の作品、 香月の制作に関わる資料などを幅広くご紹介します。どの作品も当館で初めて展示されるものです。 新しい香月泰男の世界をお愉しみください。
画家からの贈りものⅠ 2016年6月4日~9月26日
 香月泰男は1911(明治44)年、現在の山口県長門市三隅に生まれた画家です。 32歳のとき戦争に召集され、旧満州ハイラルで終戦を迎えました。終戦後はソ連軍によりシベリヤに抑留されたため、帰国できたのは終戦の2年後でした。 帰国後は故郷である三隅の地で創作活動を続け、1974(昭和49)年3月に62年の生涯を終えました。   香月の作品は、彼の死後も遺族により大切に保管されていました。香月泰男美術館は、それらの作品のうち約450点の寄贈を受けて1993(平成5)年に開館しました。そして、2015年 2月12日には、遺族より新たに300点を超える油彩画、2,000点を超える素描画や資料類が寄贈されました。本展では、香月家に40年以上の間大切に保管されていた絵画作品のうち、 当館で初めて展示される作品のほか、香月の制作に関わる資料、香月が収集したピカソなどの海外作家の作品をご紹介します。 新しい香月泰男の世界をお愉しみください。
花といきもの 2016年2月5日~5月30日
 香月家の台所には香月が描いた壁画が残されています。1958年に自宅を改築した際、モルタルで塗られた壁を気にいらなかった香月は、自ら絵筆を執りました。3年ほどで、壁は花や昆虫、魚、外国の珍しい風景などで埋め尽くされました。 香月泰男夫人、婦美子氏によると「植物や魚介類の図鑑のつもりと、やがて生まれる孫たちを喜ばせたい」という思いから描かれたのだということです。  この展覧会では、台所壁画に何が描かれているのかを探り、同じ題材を取りあげた作品をご紹介しています。香月と彼の大切な家族が憩う空間を彩った「花といきもの」たちをお愉しみください。