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矢崎節夫館長コラム 「こわれ帽子」 2024年3月1日
こわれ帽子
てんてん手毬、
おててん手から、辷ってころげて、
乞食の子供にひろわれた。
手まりは欲しし、怖さは怖し、
睨みゃ、睨んでほうってくれて、
行くか、帰るか、あち向きかけて、
麦藁帽子をすぽりとかぶりゃ、
すぽり、こわれた、こわれた、帽子、
つばがすぽりとくびまで抜けた。
くるり、ふりむき、アハハと笑うた、
私もうっかり、アハハと笑うた。
こわれ帽子の、そのゆくみちにゃ、
とんぼ、千も万も舞い舞いしてた。
「金子みすゞ童謡全集」Jula出版局
みすゞさんの作品を読むと、落語的だなと思ったり、チャップリンの映画を見ているようだとうれしくなる作品がいくつもあります。
それは作品の最後の部分が、じつに見事に着地しているからです。
『こわれ帽子』を声に出して読んでみると、映像が目の前にはっきりとうかんできて、チャップリンの一編の短編映画を見ているようで楽しくなる、おすすめの作品です。
“麦藁帽子をすぽりとかぶりゃ、/すぽり、こわれた、こわれた、帽子、/つばがすぽりとくびまで抜けた。”
今も続く映画雑誌『キネマ旬報』は大正8年創刊ですから、みすゞさんも興味を持って手に取ったかもしれません。どんな状況の中でも、好奇心を失うことのない、やわらかい心を持ったみすゞさんが想像できます。
3月はみすゞ忌でたくさんの方が仙崎に来られます。みすゞさんのふるさとでみなさんの来仙をお待ちしています。
令和6年3月1日
金子みすゞ記念館 館長 矢崎 節夫