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6月15日(水曜日)、通の向岸寺で日露兵士合同慰霊祭が長門市老人クラブ通支部により開催され、老人クラブや通くじら文化を継承する会の会員らが参加し、戦没者の冥福を祈りました。
通にある大越の浜には日露戦争で犠牲となった常陸丸遭難者の墓碑とロシア兵の墓碑が並べて建立されています。明治37年6月15日、日露戦争が始まり陸軍の御用船となった常陸丸は玄海灘沖でロシア軍艦の砲撃にあい、沈没。戦死者の遺体数体が通浦に漂着したため、住民の手で手厚く埋葬されました。その翌年の明治38年5月27日、対馬沖で行われた日本海海戦でバルチック艦隊が沈没、乗船していたロシア兵士の遺体も同じように大越の浜に流れ着き、住民の手で埋葬されました。
敵味方の恩讐を越え、亡くなった方々への供養と、二度と悲惨な戦争が起こらないよう平和の祈りを込めて、毎年6月15日に日露兵士合同慰霊祭が開催されており、主催した老人クラブ通支部の松村支部長は「鯨回向など弔う文化のある通地区で昔から引き継いできた慰霊祭を今後も引き継いでいきたい」と述べました。
この日は通くじら文化を継承する会により、大越の浜にある常陸丸遭難者の墓碑とロシア兵の墓碑の周辺の草取りや清掃活動が行われたほか、通小学校の児童により大越の浜の清掃活動も同時実施されました。