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4月26日(日曜日)、村田清風記念館横の清風神社で、令和2年度清風祭が行われました。
天明3年(1783年)に現在の長門市三隅下沢江で生まれた村田清風は、長州藩の13代藩主毛利敬親に登用され、藩の財政再建のために「防長の四白政策」として四白(紙・ろう・米・塩)の増産を図るなど、長州藩天保の改革に取り組み、明治維新の礎を築いたと伝えられています。
清風祭は、清風の遺徳をしのぶとともに、その功績をたたえるために毎年行われているもので、清風の誕生日である4月26日に実施されており、この日は、村田清風顕彰会の役員と会員ら13人が参列。三隅八幡宮の古屋正次宮司が祝詞を奏上し、続いて参列者が順に玉ぐしを捧げました。
同会の福江博史会長は「今年は新型コロナウイルス感染症のこともあり、自粛するか悩みましたが、規模を縮小しての開催となりました。無事に清風祭が続けられたことをうれしく思います。来年は今まで通りの開催ができれば」と話しました。