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みすゞさんをさがして

<外部リンク> 印刷用ページを表示する 掲載日:2015年11月1日更新

金子みすゞ

「金子みすゞ」が甦るまで

金子みすゞ  「みすゞ探しの旅」は、昭和41年、大学一年生だった矢崎青年がひとつの詩に出会うところから始まります。その詩は、今でこそ有名なあの詩、「大漁」でした。これを初めて読んだとき、その作者の深くやさしいまなざしに触れた矢崎青年は、強く心を動かされたのです。
 

 次に矢崎さんが、みすゞさんに出会うのは、2年後の大学3年生のとき。出版社でアルバイトをしていた矢崎さんは、詩人の佐藤義美さんのところに原稿を取りに行ったとき、その原稿の中にみすゞさんの「つゆ」という作品を見つけます。このとき矢崎さんは、佐藤さんから、みすゞさんが山口県下関に住んでいた女性であること、当時華々しい活躍をしていたこと、そして26歳という若さで亡くなっていること、さらに彼女の詩集が3冊の手帳にまとめられ、西條八十氏の手元にあることを知らされます。早速、矢崎さんは西條八十氏の親族に手紙を送りますが、その返事は来ず「みすゞ探し」は壁に突き当たってしまいます。


 それから2年後、矢崎さんは「金子みすず童謡集『繭と墓』」に出会います。これは、みすゞさんの詩30編を集めたもので、「大漁」と「つゆ」しか知らなかった矢崎さんにとっては、宝の山のようなものでした。この本により、みすゞさんが下関の「商品館」という建物に入っていた本屋で働いていたことがわかりました。


 その後、何の手がかりもなく10年の時が過ぎ、あきらめかけていたときのこと。矢崎さんの中学時代の友人が下関にいたことから、年に数回下関に出かけるようになります。矢崎さんは、下関に出かけるたびに、みすゞさんを知っている人を探しましたがなかなか見つかりませんでした。そんなとき、ふと「金子みすず童謡集『繭と墓』」に出ていた「商品館」のことを思い出したのでした。そして、下関の友人に、商品館に店を出していた本屋を探してくれるように頼みました。すると、下関の友人からすぐに、「みすゞのいとこにあたる人が見つかった」と知らせがありました。その人に連絡をとると、「東京に上山雅輔というみすゞさんの実の弟がいるのでそちらに聞いた方が詳しいことがわかるだろう」と言われたのでした。
さっそく次の日、矢崎さんは上山さんに連絡を入れました。すると、電話口の上山さんは「みすゞは私の姉です。何か残っているかもしれないので探してみます。一週間ほど時間をください」と話したのでした。そして、一週間もたたずに、上山さんから「姉の原稿と写真が見つかったので来てほしい」と連絡が入りました。矢崎さんが、指定の日時に上山さんを訪ねると、上山さんは、3冊の手帳とみすゞさんの写真を見せてくれました。みすゞさんは、同じ3冊の詩集を2つ作り、ひとつは西條八十氏のもとへ送り、もうひとつを上山さんに託していたのでした。
 

 3冊の手帳には、それぞれとびらに「美しい町」「空のかあさま」「さみしい王女」とタイトルが書かれており、512編もの作品が丸みを帯びたみすゞさん自身の肉筆で書かれていました。それが、矢崎さんが金子みすゞさんの全作品に巡り会った瞬間でした。この時、「みすゞ探しの旅」を始めてから実に16年の歳月が経過していたのでした。 この2年後の昭和59年2月、多くの人たちの善意により、「金子みすゞ全集」が出版されました。そして、みすゞさんの詩は瞬く間に人々の心を捉えていったのでした。
 

 みすゞさんの詩が現代に甦ったのは、こうした矢崎さんの奇跡的な発見はもとより、上山雅輔さんが姉みすゞさんを大切に思い、手帳を大事に保管していたからなのです。
 

3冊の手帳

※写真提供:金子みすゞ著作保存会

 

 

金子みすゞ甦りのあゆみ

1966(昭和41年)矢崎節夫氏、岩波文庫「日本童謡集」で「大漁」に出会う
1982(昭和57年)みすゞ実弟のもとに残された手書き童謡集にたどりつく
1984(昭和59年)限定版「金子みすゞ全集」(JULA出版局)出版
1986(昭和61年)金子みすゞ顕彰会設立
1987(昭和62年)詩碑「王子山」除幕
1989(平成元年)没後60年記念行事 私の中のみすゞを語る会 仙崎八景めぐり
1990(平成2年)「ながとふるさとメロディ」制定、「みすゞ通信 No.1」発行、みすゞ少年少女合唱団結成
1991(平成3年)みすゞフェスティバル みすゞこころのふるさと館オープン、みすゞ通り命名、詩碑「大漁」・胸像完成
1992(平成4年)みすゞ生誕90年祭 記念式典
1993(平成5年)「童謡詩人金子みすゞの生涯」発行
1995(平成7年)NHKスペシャル「こころの王国」放映、ネパールみすゞ小学校完成
1996(平成8年)小学校国語教科書にみすゞの詩が登場
1997(平成9年)ネパール第2みすゞ小学校完成
1998(平成10年)スペースみすゞコスモス結成
1999(平成11年)「金子みすゞの世界」展(朝日新聞社主催)、みすゞ七夕笹まつり始まる、ネパールでアイ&ヘルスキャンプ(4回)開催
2001(平成13年)芸術座「空のかあさま」公演、映画「みすゞ」完成、TBSドラマ「明るいほうへ明るいほうへ」放映
2002(平成14年)みすゞの学校と全国授業inながと
2003(平成15年)金子みすゞ顕彰全国俳句大会始まる。金子みすゞ生誕100年祭・金子みすゞ記念館オープン
2004(平成16年)みすゞ燦参SUN始まる
2005(平成17年)金子みすゞ「いのちとこころの宇宙」展(朝日新聞主催)
2006(平成18年)国民文化祭やまぐち2006「みすゞ夢空間」実施
2009(平成21年)プロジェクトMギネス完成-1月8日ギネス記録認定、「金子みすゞ全集」発刊25周年
2010(平成22年)没後80年記念「金子みすゞ展 みんなちがってみんないい」(毎日新聞社主催)